No.25 1999/12/30
ストレスで死なないために
仕事上の悩みなどで自殺する人がいます。ニュースで報道されることもありますが、報道されない自殺も私は何件か知っています。精神的ストレスで、うつ病という心の病気にかかり、それがひどくなると自殺に走るのです。そんな悲しいことは起きてほしくありません。だから、自殺したいと思っている人に訴えます。
もしあなたが「死ぬほどつらい」と思っている段階なら、まださほど心配ありません。しかし、「死んだ方が楽だ」と思うようになったら、あなたは相当疲れています。頭がぼーっとするとか、仕事のことを考えようとしても、頭の中で考えが堂々巡りして打開策が見出せないという状況に陥っているのではありませんか?そうであれば、うつ病かそのなりかけであることが考えられます。あなたに今緊急に必要なことは、休むことです。
あなたは、仕事が思うように進まないのは自分がだめな人間だからだと思っていませんか?仕事を上手にこなしているように見える周りの人と自分を見比べて、自分は劣っているとか、根性なしだとか思っていませんか?うつ病から自分を救うために、即刻そういう考え方はやめてください。「がんばれ」「根性」という言葉は、人の成長には大事ですが、それは心の健康を保っている人のものです。心の健康をわずらっている人には、その言葉は禁句です。そういう言葉で自分を追い詰める人が自殺に走るのです。
あなたは、「あの人は、私と同じストレスがかかっているはずなのに、はつらつと働いている。それに比べて私はなんとだめなのか」と思っているかもしれません。確かに、ストレス耐性があなたよりも優れた人はいるでしょう。しかし、人は大量生産の規格品ではありません。先天的な体力の差や、育った環境の違いがあります。誰もが100キロほどもある重い荷物を背負えるわけではありません。背負える人は、今まで自分を鍛えていた立派な人ではあります。しかし、今いきなり100キロの荷物を背負えない自分をだめな人間だと思ってはいけません。少しずつ鍛えれば強くなれますが、いきなり無理をすると、重い荷物に押しつぶされます。もしあなたが自殺したいと思っているなら、あなたのストレス耐性を超えるストレスが今あなたにかかっているのです。あなたのストレス耐性をもっと鍛える前に、今はすぐに休むことが必要です。
ストレスに耐えられるかどうかは根性しだい、気の持ちようしだいだと思ってはいけません。他人がそう言っても聞いてはいけません。脳も臓器の一つです。無理に重い物を持つと筋肉痛を起こすのと同じように、過大な精神的ストレスを受けた脳も異常を起こします。気分が落ち込んでいるあなたの脳の中では、もしかしたらセロトニンという神経伝達物質が減少しているかもしれません。それが嵩じると、うつ病を引き起こします。
自殺に走りたくなっている自分を救うためにあなたがただちに行うべきことは、医師の診察を受けることです。
心の病気を扱う医療分野には、遺伝的要因などの内因性の精神病を扱う精神科、薬物中毒やウィルスなどによる外因性の脳の病気を扱う心療内科、精神的ストレスなどによる心因性の病気を扱う神経科があります。仕事のストレスで気分が落ち込んだ場合は神経科へ行くのが最適ですが、精神科医や心療内科医に診てもらうのでもよいでしょう。うつ病(あるいはそのなりかけ)と診断されれば、レキソタンやトリプタノールなどの抗うつ剤を処方してくれます。
あるいは、精神的ストレスは胃痛や下痢などの症状として現れることが多いので、最初あなたは内科へ行こうと思うかもしれません。それでもよいでしょうが、精神的ストレスがあることをちゃんと言ってください。ドグマチールという胃薬は、気分をリラックスさせる効果もあります。それを処方してくれるかもしれません。心の病気の知識がある内科医は、心因性の病気だと判断したら神経科医を紹介してくれるかもしれません。
いずれにしても、診察を受けて医師の指示に従ってください。あなたが自殺したくなるほど苦しんでいれば、神経科医は、仕事を休むように指示するでしょう。心の病気に無理解な職場もまだまだ多いと思いますが、医師の診断書には上司も従わざるをえないはずです。
仕事のストレスで自殺したくなるのは、概してきまじめな人です。そういう人は、体が悪いわけでもないのに仕事を休んで職場の人に負担をかけることに罪悪感を持つでしょう。しかし、心の病気にも治療が必要です。特に、自殺につながりやすいうつ病の治療には、休息と投薬が必須なのです。休息は、ストレスを取り除くためです。投薬は、脳内の神経伝達物質のアンバランスなどの異常状態を治療するためです。体はなんともなくても、脳の働きが病気の状態なのだから、休まなければならないのだと理解してください。
うつ病がひどくなると、「たとえ負け犬になったって、死ぬよりはましだ」という割り切った考え方ができなくなります。「負け犬になってはいけない」と自分を追い詰めて、ついには苦痛から逃れるために自殺以外の方法を考えられなくなるのです。そうならないうちに、理性を保っているうちに、医師の診察を受けてください。
くれぐれも、休むことは逃げることではないと心得てください。筋肉痛を我慢して激しい運動を続けると筋肉を傷めます。無理をせず休めた方が、筋肉は強くなります。同様に、休んで元気を取り戻した時、あなたの心は前よりも強くなっているはずです。希望を持ってください。
それから、自殺に走るかもしれない人の身近にいる人(同じ職場の人や家族)にも訴えます。
気分が落ち込んでいるように見えるとか、ぼーっとして仕事のミスが増えたという人がいたら気を付けてください。精神的ストレスは体の免疫力を低下させることがあるので、風邪を引きやすいという症状に現れることもあります。精神的ストレスに押しつぶされそうになりながら「がんばらなければ」と言っている人は、力ずくででも自殺の原因から遠ざけてあげなければなりません。
うつ病になっているか、あるいはなりかかっている人に「がんばれ」とか「努力で乗り越えろ」などとは絶対に言ってはいけません。「すぐに仕事を休め。あなたは負け犬になるのではない。仕事から離れるのは、あなたの心の健康を守るための緊急避難だ」と説得して、医師の診察を受けさせてください。職場の人が説得する時、「あなたが休んでも仕事は大丈夫だから」とも言ってはいけません。うつ病の人は、自分の存在価値が認められていないと思ってさらに落ち込みます。「今は健康を取り戻すことが大切だ。元気になったらまたいっしょに仕事をしよう」と言って安心感を与えるようにしてください。
上司にとって「使いやすい部下」だと思われている人には、特に気を付けてください。仕事を断り切れずに自分の能力を超えて仕事を抱え込む傾向があるからです。仕事ができると目されていた人が、周りが気付かないうちに突然自殺することがあります。そういう人は、人知れずうつ病が進行していたと考えられます。
部下を持つ立場の人は、部下の健康に気を配る責任を自覚してください。そのために、部下との間で、何でも本音で話せる人間関係を作るように配慮してください。苦しんでいる部下を「もっと努力しろ」と叱責し、ついに自殺に走った部下を「しょせんあいつは負け犬だったのだ」などと言う人の罪は、自殺看過罪にも等しいと私は思います。今、世の中では心の健康に対する意識が徐々に高まりつつあります。自殺を労災と認定した判例も出てきています。いずれ、自殺者の上司が責任を問われるようになる時代も来るでしょう。