「小学校の学習指導要領の改訂で、円周率を3と教えることになったそうだ。そんな教え方をすれば、日本人の学力はますます低下するぞ」という騒ぎが起こったことがあります。これについては、小学校の教頭先生である
佐々木彰さんが、すでに2000年4月に「うんちく講座」の記事「
円周率3騒動」で述べておられます。その要点は次のとおりです。
- 1998年12月改訂、2002年度から完全実施の新しい学習指導要領では、小学校5年生までは小数の乗除計算では1/10の位までを扱うことになった。これは、小数点以下何桁にもなる計算が小学校5年生にはむずかしいという実情によるものである。
- 小数点以下1桁までとはいっても、例外的に円周率としては3.14を用いる。
- 「目的に応じて円周率として3を用いて処理する」とされているが、これは、1989年3月改訂、1992年度から完全実施の現行の学習指導要領から変わっていないことである。
- 「目的に応じて3を用いる」の具体例として、「円周の長さや円の面積の見積もりをする」ということが挙げられている。たとえば直径10メートルの円の円周を求める時、小数の計算を間違えると「314メートル」などという的外れな答えを出すことがある。「およそ30メートル」と見積もってから精密に計算することを学べば、このような間違いを防ぐことができる。
- 結局のところ、「円周率を3と教えることになった」というのは、学習指導要領をちゃんと理解していないマスコミによるデマであった。
さすがは教育のプロ。私もこの記事のおかげで真相を理解することができました。
さて、私は、「円周率を3と教えるとはなんたることか。ちゃんと3.14と教えろ」と主張する人に対して、「では、あなたは円周率とはどういうものかを理解していますか?」とテストさせていただこうと思います。
ここに問題を出します。
地球を完全な球体と仮定し、地球の赤道から北極までの子午線沿いの距離を10,000,000メートルと定めたとき、地球の直径を1メートルの位まで(小数点以下四捨五入で)求めなさい。
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ご注意 メートル法が作られた時、1メートルはこのように定められました。しかし、現在の1メートルの定義は、光の周波数と速度を使った、もっと精密なものになっています。これを基準にすれば、赤道から北極まではちょうど10,000,000メートルではありません。また、地球は完全な球体ではありません。したがって、この問題の答えとして1メートルの位まで計算した数値に実用的な意味はありません。あくまでもこれは計算のための例題であるととらえてください。
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40,000,000を3.14で割って
12,738,854メートル
という答えを出した方、
不正解です。正解は
12,732,395メートル
です。その差6,459メートル。なぜだかお気付きでしょうか。
円周率は、
3.1415926535897932384626433832795…
と、小数点以下がどこまでも続く数です。円周率として3.14という
たった3桁の概数を使うと、計算結果は、上位3桁前後しか信用できないものになるのです(この場合は、合っているのは上位4桁までです)。8桁の精度が要求される場合は、計算にはそれなりに精密な値を使わなければならないのです。
では、円周率としてどのくらいの桁数をとる必要があるでしょうか。実際に計算してみましょう。
円周率として使う数 |
計算結果 |
誤差 |
(3桁) 3.14 |
12738854 |
+6459 |
(4桁) 3.142 |
12730745 |
-1650 |
(5桁) 3.1416 |
12732366 |
-29 |
(6桁) 3.14159 |
12732406 |
+11 |
(7桁) 3.141593 |
12732394 |
-1 |
(8桁) 3.1415927 |
12732395 |
0 |
(9桁) 3.14159265 |
12732395 |
0 |
(10桁) 3.141592654 |
12732395 |
0 |
ここでは、計算結果は小数第1位の四捨五入で示しており、精密な結果とは違っている桁を
赤字で示しています。
ここから次のことがおわかりいただけるでしょう。
- 精密な結果と合っている桁は、上位から、円周率の有効桁数プラスマイナス1桁程度でしかない。
- 8桁の精度が要求される計算では、円周率の有効桁数を少なくとも8桁はとらなければならない。
- かといって、要求される精度を超えて有効桁数を増やしても、計算の労力が増えるだけで、計算結果は変わらない。
では、計算結果を求める前に、要求される精度はどのくらいかを見積もるにはどうすればよいでしょうか。それは、円周率を「およそ3」として簡単に暗算できます。40,000,000を3で割って13,333,333。きわめて誤差の大きな計算結果ですが、8桁の精度が要求されるということはこれでわかります。そこで、円周率の有効桁数を8桁とって計算します。そうすれば、四捨五入のかげんで最下位の桁が1だけ違うかもしれない程度の誤差で答えを求めることができます。
日常生活では、長さなどのアナログデータを3桁よりも精密に取り扱わなければならない場面に出会うことはあまりありません(金額などのディジタルデータはもちろん別ですが)。しかし、物理学などにおける測定では、8桁くらいの精度が要求されることはざらにあります。たとえばキログラム原器のレプリカを作るためのはかりは、1億分の1の誤差を検出するそうです。そういう分野では、精度というものを常に意識しなければならないのです。
上記の問題を読んで「40,000,000を3.14で割ればよい」と思った方、あなたは
π=3.14という固定観念に毒されています。「円周率をおよそ3として概略見積もりを出す。もう少し精密な計算のために3.14を用いる」というやり方を小学校でちゃんと習っていたら、この問題に答えるには3.14では精度が足りないということにすぐに気付くことができたでしょう。
「場合によっては円周率を3として処理する」という教え方は、良い教育方法です。「およそ3」と「もう少し精密には3.14」の両方を教えれば、子供たちはおのずと「3も3.14も円周率の真の値ではない」と理解するでしょう。むしろ、「円周率は3.14である」と一つの値だけを教え込み、いつもそれで計算させるやり方の方が弊害を生みかねないのです。