ボランティアで教えている学習者に、「日本人に『ないじゃない』と言われると、あるのかないのか、迷ってしまう」と説明を求められました。そういえば、『お座敷小唄』という歌にも「雪に変わりはないじゃなし……」という歌詞があります。これは、どういうふうに解釈すればいいのでしょうか。 A. 歌詞「雪に変わりはないじゃなし」の「なし」は打ち消しを意味する形容詞ではなく、間投助詞。文節末に付いて、強調を表す。 【解説】奥秋義信
ご質問の歌詞の部分は、多くの人がちょっと気になりながら歌っているのではないでしょうか。 「ないじゃなし」なので、〈雪に変わりがある〉という意かと思うと、つづく歌詞が「とけて流れりゃみな同じ」となっています。人々は口ずさみながら「あれ?」と思うわけです。 一見〈変わりがある〉を表す文脈と、〈変わりはない〉という文脈とが照応しません。「あるじゃなし」のミスプリントでは、と思う人がいても無理からぬ気もします。 実は、「ないじゃなし」の「なし」は、形容詞「ない」を表す「なし」ではありません。「ある・なし」を表す言葉ではないのです。文節(文の中の最小単位)末に用いる“間投助詞”であると気づいてください。 …(略)… 間投助詞の「なし」は、文芸作品や方言にも多くみられます。島崎藤村の『夜明け前』では、「美しい人だったぞなし」と用いられています。愛媛県南部では「お暑いなし」などと使われています。 美しい人ではなかったと述べているわけでも、暑くないと言っているのでもありません。美しい人、暑い、を強調しているのです。 …(略)… 以上でおわかりのように、ご質問の歌詞は、〈雪に変わりはないじゃないか〉というこころで、後の文節に引き継いでいます。だから「とけて流れりゃみな同じ」なのです。なお、間投助詞が文中や文末に自由に用いられるため、副助詞と混同されがちですが、副助詞は主語、述語、連用修飾語、連体修飾語に付き意味を限定するという点で、区別されます。 〔おくあき よしのぶ〕―評論家、元・西日本短期大学教授 |
♪富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も「雪に変わりはないじゃなし」という部分は、フォーマルな日本語文で表すならば「雪に変わりはないではないか」であるべきものです。これは、「雪に変わりはない」をいったん「ではない」と否定してから、それに「か」で疑問を呈することによって、「雪に変わりはない。そうでしょう?」と主張する反語表現です。
♪雪に変わりはないじゃなし 融けて流れりゃ皆同じ
(作詞:不詳、作曲:陸奥明、歌:和田弘とマヒナ・スターズ)
♪だってしょうがないじゃない
=「しようがない。そうでしょう?」;反語
(「だってしょうがないじゃない」作詞:川村真澄、作曲:馬飼野康二、歌:和田アキ子)
♪愛されたくて愛したんじゃない 燃える想いをあなたにぶっつけただけなの話し言葉でも同様です。
=「愛されたくて愛したのではない」;否定
(「恋のハレルヤ」作詞:なかにし礼、作曲:鈴木邦彦、歌:黛ジュン)
「あ、花子さんじゃない!どうしてここに?」
=「花子さんだ」;反語
「あ、花子さんじゃない!この人は誰?」話し言葉では、反語の場合には「じゃ」よりも「ない」が低いイントネーションで、否定の場合には「ない」がやや高いイントネーションで発音されるようですが、外国人がそれを聞き分けるのはむずかしいでしょう。文字で書かれている場合や歌の歌詞では、前後関係や状況から判断するしかありません。外国人に対する日本語教育では、まったくやっかいな問題です。
=「花子さんではない」;否定
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