No.145 2003/12/03
アナログレコードの偏心
若いころに買いためたアナログレコードをMDで楽しみたいと思って、MDラジカセに接続できるアナログレコードプレーヤーを買いました。1982年に世界初のCDプレーヤーがソニーから発売されて以降、アナログレコードは廃れてしまいましたが、古いレコードを再生したいというニーズは廃れていないようで、アナログレコードプレーヤーは今も容易に購入できます。
CDをはじめとするディジタルオーディオでは完全に解消されてしまった音質問題が、アナログレコードにはあります。特に大きな問題の一つは、レコード盤の傷や塵によるスクラッチノイズ(「プチプチ」という雑音)です。もう一つ私が挙げたい問題は、レコード盤をターンテーブルに置いたときの偏心(中心のずれ)による、再生音の周波数のゆらぎです。
レコード盤の穴をターンテーブルのスピンドル(軸)にはめ込んだときの遊び(寸法のゆとり)により、レコード盤はターンテーブル上でわずかに偏心します。この偏心が、ターンテーブルの回転むらと同じように、再生音の周波数のゆらぎを引き起こします。
30cmのLP盤を、ターンテーブルに置いてから一方向に押して最大限に偏心させてみたところ、カートリッジが左右に揺れる振れ幅は0.2mmほどでした(精密な計測ではありません)。偏心はその半分の0.1mmほどということになります。このとき、LP盤の内周(曲の終わり付近)の半径は60mmほどですから、再生音の周波数のゆらぎは0.1÷60=0.17%となります。人の耳は周波数が0.2%違えば音程のずれを識別できると読んだ記憶があります。0.17%ならばあまり問題にならないくらいと言えます。しかし、ターンテーブルの回転むら(私が買ったプレーヤーでは0.06%)に比べてかなり大きな値です。
昔は、高級プレーヤーが回転むらの少なさを、やれ0.00何%だと競っていたものです。しかし、偏心はそれよりはるかに大きな周波数ゆらぎを引き起こします。その問題がオーディオ技術誌などで指摘されているのを見たことがないのが不思議でした。
さて、17cmドーナツ盤だと、偏心はもっとはなはだしくなります。穴が直径38mmと大きく、スピンドルにはめ込むアダプターとの間の遊びも大きいからです。ドーナツ盤を最大限に偏心させてみたところ、カートリッジが左右に揺れる振れ幅は1mmほど(0.5mmの偏心)にもなりました。ドーナツ盤の内周の半径は55mmほどなので、周波数のゆらぎは0.5÷55=0.9%にもなります。これだと音程の揺れはあからさまにわかります。
昔アナログレコードを楽しんでいた皆さん、気になりませんでしたか?音程の揺れをドーナツ盤の“欠陥”として指摘する声を聞いたことがないのがつくづく不思議でした。私は学生時代、アダプターにセロハンテープを巻き付けて遊びを少なくするという工夫をしたものです。
今回買ったプレーヤーでは、アダプターがポップアップ式になっているという構造上、アダプターにセロハンテープを巻くというわざは困難なので、偏心を減らすための新たなわざを工夫しました。
ドーナツ盤をターンテーブルに置いた後、両手の中指の先で盤の端を左右に押して何度かカタカタと動かします。こうして偏心の限界幅を指先の感覚で把握します。そして、指先の感覚を頼りに中間位置を割り出して、そこで盤を止めます。この方法で、偏心を0.1mm程度にとどめることができるようになりました。これで、内周での周波数ゆらぎは0.1÷55=0.18%と、気にならない程度になります。特別な道具を使わずにずれの大きさを0.1mm以内にコントロールするには、視覚よりも指先の触覚を活用した方がよいようです。
今のディジタルオーディオでは、ありがたいことに、こんなことを気にする必要はまったくなくなりました。CDが出たばかりのころには、保守的なオーディオマニアが、「音が硬くて、聴いて疲れる」(よくわからない論拠)とか「超音波成分を記録できないからだめだ」(そのくせ、16kHzまでしか出ないFM放送のことは何も言わない)とか言ってディジタルオーディオを非難していたものですが、そう言っていた人たちは、今はどういう気持ちで音楽を聴いているのでしょう?スクラッチノイズ、回転むら、偏心、トレーシング歪み(カッティング針と再生針の形状が異なることによる再生波形歪み)、トラッキング歪み(カートリッジが音溝と完全平行でないことによる再生波形歪み)という音質悪化要因を完全になくしてしまったディジタルオーディオに、今なお背を向けている人もいるのでしょうか。